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大阪地方裁判所 平成元年(わ)2980号 判決

主文

被告人を懲役二年六月に処する。

未決勾留日数中一七〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  平成元年一月初めころから暴走族の集団に加入し、土曜日の夜などに普通乗用自動車を運転して仲間とともに国道等で暴走行為を反覆していたもので、同年五月二八日にも午前一時三〇分ころから普通乗用自動車を運転して、単車や自動車など約三五台に分乗した暴走族仲間らと共同して大阪市内・豊中市内等の路上を走行し、蛇行運転、信号無視、速度違反、一般車の進路妨害などの暴走行為を行なったが、その途中で暴走族の集団とはぐれたため、一旦出発時の集合場所である大阪市淀川区内の公園に戻って待機した後、再び集団に合流しようとして仲間二名を同乗させて同公園から爆音の聞こえてくる方へ向って出発したところ、同日午前三時二一分ころ、大阪市淀川区田川北二丁目五番二九号田川北公園付近において、当夜の右暴走行為に一緒に参加していたD(当時一八歳)が、制服を着用した大阪府警察本部交通部交通機動隊勤務の司法巡査E(当時三二歳)に追いかけられて走って逃げているのに気付き、この光景から同巡査がDを当夜の右暴走行為について道路交通法違反(共同危険行為等の禁止違反)の現行犯人として逮捕しようとしていることを知り、同人を逮捕から免れさせようとして、同人の逃走方向に先回りして同公園東側路上に停車し、これに気付いた同人を自己の運転する普通乗用自動車の助手席に乗り込ませたものの、Dのすぐ後ろを走って追跡してきたE巡査が、同車の直前に立ちふさがって両手を広げ、同車の発進を阻止してあくまでDを逮捕しようとしたので、E巡査のD逮捕の職務執行を妨害しようとし、同車を発進させればE巡査がよけるのではないかと思って同巡査に向け同車を時速約一〇キロメートルで発進させて同巡査を同車のボンネット上に乗りあげさせ、そのため同巡査が両手でボンネットとフロントガラスの間のワイパーの付け根付近をつかんで同車のボンネット上にうつ伏せになってへばりついたので、このままではDばかりか被告人も当日の暴走行為やこのようにE巡査に向けて自車を発進させたことなどによって逮捕されてしまうと怖れ、右Dと共謀のうえ、同人ともども逮捕を免れるため同車の走行によりE巡査をボンネット上から路上に振り落して逃走しようと決意し、そのように同巡査を振り落せば、その身体を路面に強打させたり自車の車輪に接触させるなどして、場合によっては同巡査を死亡するに至らせるかもしれないと認識しながらあえて、そのまま同車を走行させ、同日午前三時二七分ころまでの約六分間にわたり、被告人において右自動車を運転し、同所から同区△△〈住所略〉付近を経由して同区××〈住所略〉付近に至る約七〇〇メートルの間は時速約二〇ないし三〇キロメートルで走行しながら各約一〇回くらい蛇行運転、急停車を反復するなどし、同所で幅員の広い府道大阪伊丹線に出るや一段と加速し、時速約三〇ないし四〇キロメートルで蛇行運転、急停車を反復しながら約八〇メートル前進して急停車し、続いて時速約二〇ないし三〇キロメートルで約六八メートル蛇行しながら後退して急停車し、ここで、Dと素早く運転を交替し、Dにおいて同車を運転して、時速約四〇キロメートル以上に加速して約二二〇メートルの間蛇行運転しながら前進した後急停車するや、すぐに時速約二〇ないし三〇キロメートルで約二一メートル後退して急制動と同時にハンドルを鋭く右に切って、同区〈住所略〉付近路上で同車を反転させながら急停車させてE巡査をボンネット上から路上に転落させ、よって、同巡査のD逮捕の公務の執行を妨害するとともに、同巡査に対し加療約二〇日間を要する右肩挫傷・左膝打撲挫創を負わせたが、同巡査を殺害するには至らなかった。

第二  F外四名の暴走族仲間と共謀のうえ、昭和六四年一月二日午前二時ころ、大阪府大東市〈住所略〉角田自動車修理工業前において、G管理にかかる普通乗用自動車(ダットサン・サニー)一台(時価約一五〇万円相当)を窃取した

第三  F外六名の暴走族仲間と共謀のうえ、平成元年三月二七日午前零時二〇分ころ、兵庫県伊丹市〈住所略〉付近路上において、H所有にかかる普通乗用自動車(ホンダ・シビック)一台(時価約一五〇万円相当)を窃取した

第四  前記F外六名と共謀のうえ、同日午前一時三〇分ころ、大阪府〈住所略〉カーハウス松原店駐車場において、I管理にかかる普通乗用自動車(トヨタ・スターレット)一台(時価約二五万円相当)を窃取した

第五  前記F外六名と共謀のうえ、同日午前三時一五分ころ、大阪府〈住所略〉先金剛植物園モータープール内において、J所有にかかる普通乗用自動車(トヨタ・レビン)一台(時価約一三〇万円相当)を窃取した

第六  F外四名の暴走族仲間と共謀のうえ、同日午前四時四〇分ころ、同府堺市〈住所略〉泉北勤労福祉センター南側路上において、K所有にかかる普通乗用自動車(トヨタ・カローラレビン)一台(時価約八〇万円相当)を窃取した

ものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(判示第一の事実につき未必の殺意を認定した理由)

被告人及び弁護人は、判示第一の犯行につき、被告人には殺意がなかった旨主張する。しかしながら、関係各証拠によれば、被告人及び共犯者のDは、被害者が、ボンネット上にうつぶせになり、両手あるいは片手でボンネットとフロントガラスの間のワイパーの付け根付近をつかみ、両足を広げてボンネットをはさんだだけで体を支えているという不安定で、しかも前進時に転落すればその自動車の進行方向に落下する怖れも存する状態にあることを認識しながら、同人を振り落そうとして判示のとおり同車を運転したこと、その運転態様は、府道大阪伊丹線に出るまでの約七〇〇メートルの間は、被告人自身が運転し、被害者が上体を持ち上げて被告人の視界を遮るなどしたことや道路の幅員が約4.5ないし5.5メートルと狭かったことから高速度を出せなかったため、速度としては時速約二〇ないし三〇キロメートルであったが、各約一〇回くらい蛇行運転、急停車を反復しており、右のとおり道路の幅員が狭く道路の両脇に人家の建物や塀が並んでいて電柱等も設置されていたので、被害者が転落した際は路面にとどまらず道路脇の建物や塀、電柱等に身体を強打する怖れも存する状況であったこと、次に、府道大阪伊丹線に出てからは、初めは被告人が、後にはDが運転したのであるが、道路の幅員が広く高速度を出せたため、時速約三〇ないし四〇キロメートル余り(後退時は時速約二〇ないし三〇キロメートル)に加速し、延べ約三六〇メートル余り前進及び後退して走行し、その間蛇行運転・急停止・急発進を反復したうえ、最後にはDの運転により時速約二〇ないし三〇キロメートルで後退して急制動と同時にハンドルを鋭く右に切って、自動車を反転させて急停車させるという極めて乱暴な運転方法をとって被害者を振り落したことが認められる。以上認定したところによると、被害者が警察官でヘルメットを着用していて一般人に比べ比較的冷静な対応を取り得るであろうことを考慮しても、被告人及び共犯者Dの前記認定のような自動車の運転によって、被害者が、同車のボンネット上から路上に転落し、その際身体を路面等に強打しあるいは同車の車輪に接触するなどして、場合によっては死亡するという結果の生じ得ることは十分あり得ることであり、このような情況のもとで、被告人は、判示のとおり被害者を振り落して逃走しようとしたからには、その意識の根底において、被害者に死亡の結果の生ずる恐れのあることを認識しながらもあえて本件犯行に出たものというべきである。

なお、被告人は、当公判廷において、被告人自身は被害者を振り落すつもりは全くなかったが、Dを助けようとしなかったとして後で暴走族仲間から暴行を受けるのが怖かったため、Dらの手前、被害者を振り落そうとしているかのような素振りを見せただけで、運転方法もDの指示に従ったにすぎない旨弁解する。しかし、関係各証拠によれば、被告人は、Dを判示の自動車に乗り込ませてから、被害者が同車の前方に立ち塞がっているのに気付くや、一旦、Dに対して降車して一人で逃げるように申し向けていて、この時点ではDを見離そうとしたこと、また、被告人は、判示の府道大阪伊丹線に至るまでの間は、Dら同乗者の指示にも従ってハンドル操作やブレーキ操作をしてきたが、これは、道路幅が狭く、被害者が上体を持ち上げて被告人の視界を塞いだのでDらの指示を借らねば蛇行運転等がしにくかったためであったこと、そして、被告人は、府道大阪伊丹線においても、前示のDと運転を交代する直前に、同人から、同人が最後に被害者を振り落した際と同様に後退して急制動と同時にハンドルを鋭く右に切り自動車を反転させて急停車させる運転方法を教示され、そのような運転を試みながらも、被害者を振り落すに至らなかったが、これは、被告人が教示どおり運転することに失敗しただけで、被告人としては実際に被害者を振り落すつもりでこのような乱暴な運転を試みたのであることが認められるのであって、以上の各事実に加え、判示の被告人自身の運転態様及び被告人の捜査段階における供述に照らせば、右弁解は到底信用できない。

また、弁護人は、被告人は、被害者がボンネット上で怒鳴ったり、片手でフロントガラスを叩いたり、警笛を鳴らしたりするなど余裕のある行動をとっているのを見ていたのであるから、被害者の死の結果発生の危険までは認識していなかったと主張する。しかし、関係各証拠によれば、確かに、被害者が右のような行動をとっていたことは認められるが、これらの被害者の行動は、振り落される危険を感じて何とかして被告人らに自動車の運転を止めさせようとしたもので、これを目撃した者もそう看取したことが認められるし、被告人は、前示のとおり、何としても被害者を振り落そうとして前記のような乱暴な自動車の運転をしたのであるから、被告人が、右のような被害者の行動を見たからといって、それがために被害者を振り落すことによる死の結果発生の危険について認識を欠いていたと認めることはできない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為のうち、殺人未遂の点は刑法六〇条、二〇三条、一九九条に、公務執行妨害の点は同法六〇条、九五条一項に、判示第二ないし第六の各所為はいずれも同法六〇条、二三五条に各該当するが、判示第一の殺人未遂と公務執行妨害は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い殺人未遂罪の刑で処断することとし、判示第一の罪について所定刑中有期懲役刑を選択し、右は未遂であるから同法四三条本文、六八条三号を適用して法律上の減軽をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、刑及び犯情の最も重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期(但し、短期は判示第一の罪の刑のそれによる。)の範囲内で被告人を懲役二年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中一七〇日を右刑に算入することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の事情)

本件各犯行は、被告人が反社会的集団である暴走族の集団に加入してその仲間とともに行動していたことから敢行されたもので、犯行の背景からして強く非難されるべきであり、なかんずく、判示第一の公務執行妨害、殺人未遂の犯行は、暴走行為をした暴走族仲間を逮捕から免れさせようとして、逃走している同人の前にわざわざ自動車を運転して向い、同人を同車に乗せたことに端を発していて、その動機に全く酌量の余地がなく、公道で犯罪の検挙に当っている警察官に対して自動車を発進し、その警察官をボンネット上に乗りあげさせるや、同人の生命の危険もいとわずに同人を振り落そうとして執拗に無謀な運転をし、ついに同人を路上に振り落したのであって、その犯行態様も悪質で、全く無法な犯行といわねばならず、厳重に処罰されるべきである。

従って、判示第一の犯行については、結果的に被害者である警察官の負った傷害の程度が軽微で、同認人を振り落した直接の行為は共犯者のDにより実行されたこと、判示第二ないし第六の各窃盗事件については、被告人は共犯者間で従属的な立場にあり、全部示談も成立して各被害者から嘆願書も提出されていること、被告人は、若年で前科を有さず、今では本件各犯行を深く反省していること、元の雇用主らも被告人の指導監督を誓っていることなどの被告人にとって有利な事情も認められるが、これらの事情を配慮しても、本件は実刑相当の事案で、以上の諸事情を考慮して主文のとおり刑を量定した。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官米田俊昭 裁判官白石史子 裁判官宮武康は、転勤のため署名、押印できない。裁判長裁判官米田俊昭)

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